【無料の学習プリント】小学4年生の国語ドリル_漢字の練習1

2020年6月27日4年生・国語ドリル4年生, 国語, 漢字

今回のプリントは、「小学4年生の国語ドリル_漢字の練習1」です。
愛知県名古屋市が採用している教科書「教育出版」版の習う順になっています。
今年からの4年生の間で習う漢字202文字は一緒です。
昨年までの教科書とは習う漢字が違ってきている(都道府県名を優先した)ので、過去の教科書の復習と思う方はご注意ください。

4年生 国語ドリル 漢字1
漢字練習PDFは全4ページ分。下記よりDLしてください。

教科書で習う漢字の練習 4年生

4年生にもなると、運動や学力の個人差が「はっきり」してくると思います。
得意分野や苦手分野も、私たち保護者にも子ども本人にもわかってくる時期なんじゃないかと。
ですが今の公立の小学校って、あまり「同級生と競う」ことが少ないような気がします。
徒競走やテストで優劣がつくことがあっても、子どもたちが「気にしてない」ような。
運動がよくできる「個性」
勉強がよくできる「個性」
「みんなちがって、みんないい」
ですよ。
「自己」や「他人」の「個性」を尊重するのはとても大切なんでしょうけど、だけどそれは「ただなんとなく育った個性」ではなく、「自己研鑽によって磨かれた個性」であって、「自分と他人を比べ、劣った部分を補い、優れた部分をさらに伸ばす」といった「努力」の先にある「個性」なんだと思います。
「友達」って、とても大切ですよね。
「のび太」は「ジャイアン」や「スネ夫」や「しずかちゃん」とばかり一緒にいるから「今ののび太」なんであって、もし「出木杉くん」「スポーツもできる出木杉くん」「リーダー気質の出木杉くん」みたいな子たちが「友達」だったら、「今ののび太」にはなってないと思います。
要するに、「手本となる他者」…この場合「友達」や「クラスメイト」ですけど、「誰かを手本にして自分を磨く」ことは「子ども時代には大切」だと私は思っていて、「良い友人」に囲まれていれば自然と「自己研鑽」もできていけると思うわけです。
「自己研鑽」の先に「個性」がはっきりとして、その「個性」を理解した上で「自分が進みたい未来」を見つけることができるんじゃないでしょうか。
えぇ、もちろん理想論で、そんなことできない人の方が多いでしょうけど、それでも「他者との違い」がわからないのに「自分の個性」がわかるわけないです。
「争う」ことは咎めていいでしょうけど、「競う」ことまで「悪いこと」と、「学校」で教えてもらいたくない。
「スポーツができる子」は「優れて」いるし、「勉強ができる子」は「頑張っている」し、「他人を思いやれる子」は「魅力的」なんです。
「周りの子をすごいな」と感じることは、「自分を成長させる」ために必要なことだと思います。
「出木杉くん」ほどはっきりしていなくても、「すごい子」はたくさんいるはずです。
ですが、「すごい子」がどんなに「優れて」いても「頑張って」いても「魅力的」でも、それを受け取る側が「あの子は、ああいいう子だから」みたいな受け取り方しかできない「感受性のない子」なら、「すごい子」の存在を「自分を磨くための鏡」と思えないんじゃないでしょうか。
「年齢の近い子と競う」ことは、「あの子はすごいな、自分も頑張らないと」と思うために、とても大切なんじゃないかと。
「個性」とか「個人」とか、「あの子はあの子、自分は自分」という考え方は、ある種「努力や思考を放棄する手段」になってしまうと思います。
なので「学校」では、上辺だけの「個性」や「個人主義」で、子どもたちを見ないでほしいと思います。
「努力」している子と「努力」しない子を、同列の「個性」でまとめないでほしいと思います。
今思うと、私が通っていた小学校が「勉強」も「運動」も厳しく躾ける学校だったようで、児童の「順位」もはっきりしていました。
高学年で運動が一番の子が「児童会長」で、勉強が一番の子が「副会長」みたいな、そういうルールがあるような学校だったので、小学校で同級生と「競う」ことは当たり前でした。
勝つと嬉しかったし、負けると悔しくて「もっと頑張ろう」と思いました。
なので「副会長」に選ばれたときは、ちょっと誇らしかったりしました。
まぁ、私が小学生だったのは30年近くも前のことで、現代とは「時代が違う」んでしょけど、それでも「他人は他人、自分は自分」という考え方の先にあるのは、まっとうな「個性」ではないと思います。

では、また。

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Posted by みそぱぱ