【無料の学習プリント】小学5年生の計算ドリル_分数のひき算

2022年4月12日5年生・算数ドリル5年生, 分数, 算数

今回のプリントは、「小学5年生の計算ドリル_分数のひき算」です。
前回、「小学5年生の計算ドリル_分数のたし算」をしましたが、引き算の方が難しく(面倒くさく)感じるかもしれませんね。
1枚目は簡単なひき算ですが、2枚目でちょっとメンドイ、3枚目はちょっとシンドイなぁ。4枚目はやんなきゃダメなの?という問題になっています。(小学生の気持ち的に)
下の記事にも書いていますが、「楽したい」って気持ちもわかるんですよ。
でも、やらなかったら経験値0、やったら経験値+1です。
そこに親の欲目で子どもに+1以上の2や3、はては10を期待してしまうなんてこともありますが、普通の子どもってすぐに忘れます。
以前できたのに、時間をおいてやったら忘れてるなんてことは良くあります。だから、やっぱり+1です。

5年生 計算ドリル8 分数の引き算1
サンプル問題です。問題PDFは全4ページ分。
下記よりDLしてください。

「楽したい」は普通のこと

5年生にもなると、「なんで勉強しないといけないの?」と思うようになる子もいるはずです。
だって、別に「勉強しろ」っていっているのは「私たち保護者や先生」で、「その子」は「勉強する必要を感じていない」のなら、「そう思って」しまいますよね。
「興味のないこと」に、労力は使いたくない。
「楽しくないし、楽でもない」
そういうことでしょうね。
人間というか「生き物」って、「楽して生きよう」とする存在だと思います。
それは「そういうもの」なので、どうしようもなく、変えようがありません。
で、「楽する」というのは「必要だと思わないことはしたくない」ということで、例えば「サッカー大好き」なら、どんなにサッカーでヘトヘトになっても、多少ケガをしたとしても、それは「興味のあること」なので「楽しい(生きるのを楽だと感じる)し、自分に必要」なわけです。
そんなわけで、「勉強」に「興味」や「好奇心」がないのなら、「勉強は楽しくない」となり、「なんで勉強しないといけないの?」と思ってしまいます。
勉強に「興味」や「好奇心」を持たせるというのは、その子(その人)の素質や資質や性格や環境にもよるもので、「どうすればいい」かなんて一律にはいえません。
そんなのわかってる上で、私たち保護者は「子どもを勉強に向かわせ」ないといけないわけです。
別に一生遊んで暮らせるお金があるのなら、勉強なんかする必要ないですよ。
プロサッカー選手を目指していて、そこにいたれる才能があり努力を惜しまないのなら、それほど「勉強しなさい」なんていう必要もないです。
「勉強をする」のは、「楽に生きるため」になんですから。
「勉強は苦しい」と感じていても、その「苦しさ」には「未来でのメリット」が含まれています。
「努力」・「才能」・「運」
その他もあるでしょうけど、そういう「要素」を考えても、「楽に生きるため」には「勉強(学歴)」が必要だというのは、否定できません。
この世界は、「そういう世界」なんです。
確率的にいって、「勉強しない子」より「勉強する子」の方が、将来的に「楽に生きる道」を選べる可能性が高いと思います。
もちろんそれは「持つ者が持たない者を虐げる」ことで、「虐げられたくない」のなら「虐げる側にまわる」ということなんですけど、別にそれは今も昔も「そう」で、近い未来加速度的に「人類が平等な世界」がつくられるわけでもないでしょう。
「さえないリーマンが、異世界転生して大活躍」とか、そういうレベルの「よくわからん外的な要因」でもない限り、「この世界」では「弱肉強食」がまかり通ります。
「弱肉強食」とは単純な腕力という意味だけでなく、「財力」や「権力」といったものを含んだ「現実」ですが。
とりえあえず「生まれた環境」を「大きく考慮しない」なら、「勉強する子」と「しない子」では、「楽に生きられる可能性」に開きが出てきてしまいます。
「やりたいことがない」
「目標がない」
のなら、なおさら「いい大学を目指すべき」だと思うし、その方が「やりたいこと」や「目標」が見つかったときに、「そこを目指せる可能性」が高くなるはずです。
「普通に生きる」という「常識」は、とても「厳しい条件の上」に成り立っています。
そんなのは「やりたいことも目標もない子ども」には理解できないでしょうけど、私たち大人は理解していて、だからこそ「勉強(学歴)」を重要視しているわけですよね。

「なんで勉強しないといけないの?」

という子どもたちの質問に対しての答えは、

「将来的にやりたいことをするために。何かをするためには力が必要で、勉強はその力をつけるためには欠かせないもの」

と、はっきりとした「答え」があります。
小難しい理屈を説明する必要はないでしょうけど、高学年ならこの「答え」は受け入れられるものだと思います。

「やりたいことがない」
「目標がない」

それを「自分で意識している子」は少ないでしょう。
だからといって、私たちが「やりたいこと」や「目標」を与えてあげることはできませんけど。
だけど私たちは「勉強の必要性を繰り返すこと」で、子どもたちの「楽に生きる道」を「多少歩きやすく」してあげることができると思います。
私の息子が「将来進みたい道」をみつけたときに、その道を諦めるのではなく、その道に向かおうとする力(学力)をもたせてあげたいと、私は思っています。
そのために私は自分でプリントを作って、「お前が学ぶことに親である私は意識を向けている」といことを示そうとしています。
たくさんお金があれば「もっといい別のやり方」もあるでしょうけど、たくさんお金はないので仕方ないです。
とはいえ、「私たちが子どもたちの勉強に意識を向けている」と示すのは、「勉強が大切なこと」だと子どもたちにわかってもらうのに、役に立つことじゃないかなと思います。
我が家のような「お金に余裕がない家庭の子」こそ、「生きやすい場所」に至るために「より良い教育」が必要になると思うので、お金の力の偉大さを身にしみて感じています。

では、また。

問題PDFはこちら

解答PDFはこちら

Posted by みそぱぱ